ジャニーズと自担と私2
前回までのお話はこちらです
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ジャニーズと自担と私 - ベンゼンとジャニーズに溺れて
もっと簡潔にまとめようと思ってたのですが、そんなこと私にはできませんでした。
理系だもの。国語の偏差値は60いったこと無いぞ多分。
中学2年生、私はアニヲタになった。
嵐のことなんてまるで頭に無く、黒バス、銀魂、テニプリ、その他アニメの毎日だった
友達の影響で。
私って影響されやすいんだなぁ。
あの頃は大層狂ってたし今事細かに思い返すと痛々しくて目も当てられない。
これがホントの中二病。とてもでっかい黒歴史。パンドラの箱に仕舞いたい。
そんなことはどうだっていいんだ。ここからだ。
時は流れて中学3年生。
アニメを楽しみながら受験に成功なんてできないのに無理やりやった。案の定高校受験に失敗して、夢の公立高校とはかけ離れた某私立高校に進学した。
なかなか乗り気じゃなかった高校生活がスタートした矢先、友達ができた。
この子は後に私の人生を大きく狂わすことになる(ジャニヲタ的に)。Kちゃんとしよう。小山じゃないよ。
Kちゃんはアニヲタだった。そしてジャニヲタだった。
Kちゃんと私はとにかくずーーーーーーーーーーっと一緒だった。クラスも一緒。移動教室先も一緒。趣味も一緒。
最初はアニメの話題で話しかけた筈なのに、気がついたら嵐の話ばっかりで、1日嵐の話だけで終わったこともあった。
どうやら彼女も嵐のことは暫くお休みしていたらしいが、二人して再熱した。やっぱり影響されやすい。
数ヶ月経過してジャニヲタの友達もそうでない友達もそこそこできた時、友達に言われた。
「そういや誰担なの?」
箱推し、とは言わなかった。いや言えなかった。
嵐に再熱してから気がついたけど、私、翔さんにばっかり可愛い可愛い言ってる。
他のメンバーにも結構言ってるけど圧倒的に翔さんに言うことが多い。
これはもう櫻井担じゃん。
こうして私は自分が櫻井担だと気がつき、櫻井担として生きていくことが決まった。
心なしか私物も赤いものが増えていった。
そして高校生活にも慣れた高校1年生の夏から秋頃(曖昧)。Kちゃんが私に向かってこう言った。
「ジャニーズWESTにハマろう」
まだ続きます